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落書き帳の10ページ目

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FF15:レガリア(TYPE-F)で1000年の時を超える話《新約 82》

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《今回の御品書き (FF15・二次創作モドキです) 》
 【全ての「真実」を、胸に刻み込んで】
 【世界の終着点「幻光虫が揺蕩う、母なる海」】
 【自身の全てを捧げた「献身者」の最後】
 【『♪ APOCALYPSIS NOCTIS』・・・何と訳す?】
 【誰かが夢見た「青い光溢れる、美し過ぎる幻想」】

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 補足が長くなりましたが、話を本筋に戻すと。

 ノクティスに対するアーデンの評価は「QTE前の時点ですら0点」なのに「QTE後には10点満点」文句無しに「真の王」と認められた理由は。
①「神々」と「歴代の王」が、ノクティスを「真の王」と認める(←それをアーデンが悟る)。
②ノクティス自身が「これからは自分が、真実をもってイオスの世界を守っていく」・・・その実力と覚悟を、行動をもってアーデンに示す事が出来たから、で。

 ずっと「頼りない王子」だったノクティスが「でも今度は眠れるだろ?」「目を閉じろ もう目は覚まさねーよ」「アーデンも自分を真の王と認めてくれた、と信じて疑わない台詞」を言えた理由は。
「歴代の王様も、覚悟を決めて来てくれた。
 神様たちも、オレの意志を尊重してくれた。
 みんなオレを、真の王と認めてくれた・・・って事だ。
 だからこれからはオレが真実を、この世界を守っていく。
 これでお前も、安心して眠れるだろ?」
 ・・・って感じかな。

 真の王と認めてもらって、協力してもらえる確約も取れたから。
 もう心配しなくても、大丈夫。
 これからは今の自分たちが思う、今の時代に相応しい。
 でも過去の「真実」を忘れない、過去の「想い出・記憶」も大事にした。
 そんな「自分が夢見る世界」を想像し、創造して行くから。
 今まで有難う・・・そしてお休み、良い夢を。

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【全ての「真実」を、胸に刻み込んで】
 という流れで、アーデンがバグにより取り込んでいた「自己チェック&修復プログラム」の部分を眠りに就かせた事で、
「先に行って 待ってるよ」
 アーデンは漸く「死ぬ事も出来ない役割」から解放され、極々普通の「ゲームのキャラ」の一人として「帰るべき場所」に還る事が出来。

 対するノクティスは、この後「最後の使命」に臨まなきゃならない・・・訳ですが。

 この世界では「想い出・記憶」の影響で、そのように再現されてしまっただけで。
 実はノクティスがなすべき使命「物事の本質」は、そうではなく。

 世界が傾いてるせいで物騒な表現になってるだけで・・・あれは「全ての真実」に欠かせない、本人自らの答え合わせ&自主申告だった。

 と《新約 81》でも、書いていたように。

 ノクティスが果たすべき「最後の使命」というのは、
 ノクティスという「器」の中に「全ての真実」を収め、原初の海でそれらを開放する事で。
 その為の最後の工程が「歴代の王から、彼ら自身の「想い出・記憶」を受け取る」事だった。

 イオスの世界の全ては、世界の人々の「想い出・記憶」を設計図&「幻光虫」を材料にして出来ていて。
 ノクティスが人間としての「器」を失う事で、その身に収めていた「全ての真実」「想い出・記憶」を宿した幻光虫も、帰るべき場所・原初の海に還る。
 そして次のイオスの世界は、それら過去の世界の「想い出・記憶」を含んだ、原初の海から生まれるので。
 それはつまり、真の王の「命(=人間としての器)」と引き換えに、次のイオスの世界に「全ての真実」が届けられ。
 失われていたモノも含め、過去の「全ての真実」を以て、世界は再生される・・・という事。

 だから、別に「最後の使命」が、あんな痛々しい演出である必要は無かった訳です。最後のピース「歴代の王から、彼ら自身の「想い出・記憶」を受け取る」事が出来れば良かっただけなので。
 でもルシス王家が「民の為なら・・・」と繰り返してきた改編・改竄の影響で、今のイオスの世界では転覆寸前まで傾いていて。
 本来、真の王が求めるべき、継承して行くべきは「真実」だった。でも、
「歴代の王様から授かる、王家の力なんだから。
 偉大な王様の力を宿す、強力な「武具」なんだろう。」
 このイオスの世界は「想い出・記憶」が設計図となる世界だから・・・戦う為の「武力」と勘違いされたせいで、歴代の王から授かる「王家の力」はファントムソードという武具の姿形で具現化されてしまった。それが今の「真実」となってしまった。
 そして「王家の力=ファントムソード」と、なってしまったせいで。
 胸を打つ、胸を抉る様な、胸に刻み込み・・・といった言葉が「ファントムソード=武具」に引っ張られ、そのままの意味で解釈されてしまい。その結果。
 ノクティスは、ファントムソードで胸を打たれ、胸を抉られ、胸に刻み込まれる・・・そんな方法でしか「真実」を得る事が出来ず。
 それら「想い出・記憶」を、胸の中に抱え込んだ「真実」を開放するのでさえ。
 自身の胸から内側から、ファントムソードが身を裂き飛び出してくる・・・という方法でしか、胸の内の「真実」を解き放つ事が出来なかった。

 書物とか宝具に「王家の力」が宿っていて。ノクティスが手を翳したら綺麗な光がキラキラ舞って、ファンタジー的な謎の声が「真実」を教えてくれる。
 歴代の王様にしたって、普通に労いの言葉の一つでも掛けて、自分達の「真実」を語ってくれる。
 世界がもっと優しければ・・・そんな感じで良かったんじゃないかな?
 今の「真実」・・・「王家の力」がファントムソードという武具になった時点で、どうしても「武力=戦い」に傾いてしまった、ってだけで。

 でもよくよく考えたら、ノクティスが歴代王の墓でファントムソードで授かる時とか。
 アーデンが「バハムート:ならば己の運命と戦うがいい」って飛んで来た剣、胸に刺された時とか。
 確かに衝撃&質量は伴ってそうではあるけど、そんな「胸、刺されて痛い」って感じではないんで(寧ろ「衝撃的な」が、本当に「衝撃」となっただけ・・・みたいな)。
 ファントムソードが武具になってしまった事に加え「バハムートが言ってた、最後の使命の内容&歴代の王が、おっかないイメージ」のせいで、最後の「歴代の王様のファントムソード」だけが、あんな痛々しい事になっちゃったのかも。
 とは言え「バハムートが言ってた、最後の使命の内容&歴代の王が、おっかないイメージ」も、ルシス王家の「改編・改竄」の影響だろうから・・・ある意味「罪」に対する、受けるべくして受けた「罰」なのかもしれない。今代のノクティスだけに負わせるのは、気の毒&可哀相だけど。

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【世界の終着点「幻光虫が揺蕩う、母なる海」】
 で、最後玉座で歴代の王様の「想い出・記憶」を受け取り、真の王の力が覚醒し。
 先に行って待ってたアーデンとの決着・・・って「結局、アーデン殺すんやん?」って感じですが。
 あの終わり方だと、ノクティスとアーデンだけが最後の戦いで犠牲になった・・・みたいに見えるけど。そこは心配しなくても「真の王の力が覚醒」した時点で、

バハムート:
「お前が玉座で命を捧ぐほか この力を開放する術はない」
「お前の命と引き換えに 力を解き放てば 全てが終わる

 今のイオスの世界は、全てが終わっているので。
 それこそ「自己チェック&修復プログラム」としての自分から切り離された、極々普通の「ゲームのキャラ」になったアーデンが。漸く、他の皆と同じ扱い「帰るべき場所に還れた=人としての器(=肉体)を失い、自身の「想い出・記憶」を宿した幻光虫の光となって、原初の海に還る事が出来た」って話なだけです。

 だから、あの空間・・・原初の海、スフィアの海、ライフストリーム、電脳空間、サーバー上。例える言葉は色々あると思うけど。終焉と再生の場である、あの空間に還ったノクティスとアーデンが、今更戦う必要があったのかというと・・・絶対ではなかったのかもしれない。
 何ていうか、確かに「終焉を迎えた後に還って来る場所」ではあるんだけど、死後の世界(天国、あの世)ではなくて。再生を待つ&次の世界の基となる「次の出番(リメイク、スピンオフ、更には二次創作)を待つ場所」「記憶の保管庫(幻光虫は記憶媒体でもあるので)」ってイメージ・・・って言うか。

 以前、こちらの記事でも「『♪ Somnus』=「日本書紀の国産み」のイメージを連想させる」という様な事を書いていましたが、この空間は「国産み」そのままのイメージで。

 様々な「想い出・記憶」を宿した幻光虫が揺蕩う原初の海を。
 創造神が「夢見る世界」・・・新たなイオスの世界に思いを馳せ。
 手にした逆鉾で水面を撹拌し、それを引き上げれば。
 滴り落ちるは、創造神が「夢見る世界」が詰まった一滴の雫。
 幻光虫の再生の光が、その雫に共鳴するように呼応するように。
 原初の海に波紋となって広がり、満ち渡り行き。
 新たなイオスの世界が・・・創造神が「夢見る世界」が、創られる。

 これが、このイオスの世界は「想い出・記憶」を設計図とし、幻光虫を素材として構成・具現化された世界・・・という事。
 なので、本来なら「幻光虫が揺蕩う、母なる海(再生の場)」って空間だし。
 そんなトコまで来て、わざわざ戦う必要無かったんじゃないかなって。 

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【自身の全てを捧げた「献身者」の最後】
 それでもアーデンは「真の王となったノクティスに、闇の王として討たれる最後を選んだ」訳で。
 何故ならアーデンは「神様(=創り手)」と、ある約束をしていたから。

 イオスの世界を守る為、ノクティスが自分に代わり「自己チェック&修復プログラム」としての役割を負うのであれば。都合が悪いからと無かった事にしてきた「真実(黒歴史)」も、ノクティスは知っておくべきだとアーデンは考え。その為の「復習」・・・自身が預かっていた「不都合な真実」を闇として広め、実際に突き付ける事でノクティスに、世界に、思い知らせようとした。
 でも「神様(創り手)」は、それに難色を示した。そんな事をしたら今の世界に矛盾が生じ、滅茶苦茶になり、皆に見放されてしまえば・・・次の世界どころの話ではなくなってしまう、と。
 勿論そのリスクは、アーデンも承知していた。それでも承知の上の事で。
 だからアーデンは、自分のやり方を押し通したせいで【FF15】がポシャってしまったら【FF15R】どころの話では無くなってしまう・・・と、渋る「神様(創り手)」に、
「目指す世界の為、自分は自分のやり方でやらせてもらう。
 その代わり、主人公は責任を持ってEDまで導くし。
 与えられた自分の役割・・・ラスボスとしてのキャラも演じてみせる。」
 こう、約束していた・・・からこそ《新約 73》。
 アーデンは、本来なら必要なかった「真の王となったノクティスに、闇の王として討たれる」という、己に課した「与えられた自分の役割=ラスボスとしてのキャラ」を最後まで演じ、役割を果たし切った。

 これは想像してもらうのが、一番分かり易いと思うのですが。
 もし、QTEの後の「先に行って 待ってるよ」が無いままアーデン消失。
 バハムートに「お前が玉座で命を捧ぐほか・・・」なんて宣告されながらも、意を決して玉座に座り。
 ノクティスの呼び掛けに応じて現れた歴代の王様たちに、メッタ刺しにされ。
「ここまでされるんだから、さぞかし凄い力を授かったんだろう。」
 その力でこの後、どうするのか・・・そう思って見守っていたら。
 謎の空間に場面転換し、ノクティスが一人降りて来て。
 急に苦しそうに蹲ったと思ったら、体からファントムソードが飛び出して来て。
 何事かと思って見てたら、ファントムソードが光の粒子となって霧散。
 それを見届けたノクティスも、光の粒子となって消失・・・って。
「いや、どういう事!?」
 ・・・って、なっちゃわないかな?
「その力で最後、アーデンに止めを刺すんじゃないんかい?」
 と・・・そういう最後を想像してなかったかな?望んでなかったかな?

 要するに、ここまで世界が傾き歪んでしまった・・・王家の力が「真実」ではなく「武力」と勘違いされ。その結果、王家の力を宿す器がファントムソードという「武具」となってしまった以上。
 その結末は、武力を伴う解決。ラスボス・アーデンが「真の王となったノクティスに、闇の王として討たれる」事でしか、収まりが付かなくなっていて。
 だからこそアーデンは「主人公は責任を持ってEDまで導く」・・・物語に相応しいEDを迎える為ならと、最後の最後まで自身に課した役目を「闇の王として討たれる」事を引き受け、演じ切る事を選んだ。

 血と闇に塗れようとも、自分の道を生きる事を選び。
 長い時を生きてきた 誰も仲間がいない世界で。
 例え誰にも理解されなくても、自身が闇の王と成り果てても。
「全ては次の世界へと希望を・・・、
 全ての「真実」「想い出・記憶」を繋ぐ為なら、些末な事だ」と。
 ルシスの王位を、得たかった訳ではない。
 永遠の命から、解放されたかった訳でもない。
 自身の全てを捧げた「献身者」の・・・彼の願いは、ただそれだけだった。

 物語としての体裁を調える為、アーデンは最後まで「ラスボス」役を演じてくれた・・・と。
 だから「ちゃんと帽子被ってる&ちゃんとお辞儀してくれる」んじゃないかなって、思ってる。「最後の一幕、付き合ってあげるよ」って。
 これは明確な理由がある訳じゃないんだけど。自分的には、
 帽子を被ってる時=「ゲームのキャラとしてのアーデン」を演じている時のアーデン。
 帽子を被ってない時=「自己チェック&修復プログラム」としての側面が優位、表に出てきてる時のアーデン。
 ・・・ってイメージで見ているので。 

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【『♪ APOCALYPSIS NOCTIS』・・・何と訳す?】
 ・・・って事で、ノクティスの「長かったなぁ」ばりに長くなりましたが。
 この後は、過去の回想なのか、実はループした次の世界のワンシーンなのか分からない「OPのやり取り(<CAST>紹介?)~焚火のシーン」が入り、スタッフロール(「Business Divisiom 2」以降)が流れ。*以降は「スタッフロール=「Business Divisiom 2」以降」を指す。
 実はもう、このスタッフロールが流れるタイミングでは「今のイオスの世界は、終焉を迎えていた」って事になります。

 とは言っても、今まで書いてきたように。物語としては「ノクティスが真の王の力を開放した時点で、全てが終わっている」ので。
 スタッフロールの時点で、世界が終焉を迎えたのではなく(それは物語の中で済んでる)。
 純粋に単純に、ゲームとしての「以上で、この物語は終わりです」ってアナウンス・・・寄りかな。普通なら「スタッフロール=一番最後の締め」ってイメージが強いから。

 これに関しては、勿論言いたい事は分かってるのですが。一旦待って頂いて。
 一番偉そうな剣神バハムートが「お前の命と引き換えに 力を解き放てば 全てが終わるって言っちゃってる事。
 そしてスタッフロールのBGMが『♪ APOCALYPSIS NOCTIS』だって言うなら(アレ、そうだよね?)。
 物語の最後で流れる(筈)のスタッフロールのBGMが『♪ APOCALYPSIS NOCTIS』なのを「ノクティスの黙示録」と訳し「ノクティスが(夢で)見た、世界の終末を描いた物語」と解釈すれば、
「スタッフロールでわざわざ、
 BGMに『♪ APOCALYPSIS NOCTIS』を、使ってるって事は。
 やっぱり世界は、終末を迎えてる(=終わってる)。
 若しくは、終末を描いた物語でした・・・って事?」
 ・・・なのかな、と。

 ただ自分は、スタッフロールのBGMが『♪ APOCALYPSIS NOCTIS』というのを知ったのが最近なのと。
 実際「ノクティスの黙示録」を「ノクティスが(夢で)見た、世界の終末を描いた物語」と解釈するには、ちょっと捻らなきゃならないので(補足・1)。
 あくまでも後から「そうなんかなぁ?」って思っただけで。これが「ノクティスが真の王の力を開放した時点で、全てが終わっている」と思う決定打ではありません。何なら都合が良かった、後付けです。

 それにダブルミーニングじゃないけど・・・自分はどっちかって言うと、ここで流れる『♪ APOCALYPSIS NOCTIS』は「ノクティスの啓示」の方じゃないかなと思っているので(理由はまた今度)。

 スタッフロールのBGMが『♪ APOCALYPSIS NOCTIS』=「ノクティスの黙示録」だから・・・って、ここに比重が有るのではなく。
 物語として「ノクティスが真の王の力を開放した時点で、全てが終わっている(実はノクティス視点で見た、世界終末の物語だった)」からこそ、最後のスタッフロールのBGMが『♪ APOCALYPSIS NOCTIS (=ノクティスの黙示録)』だった、と。それ位、単純に捉えていただければと思います。

<補足・1>
 「黙示録」を現代イメージ的に「終末論」「世界の終末」と捉えるなら、そのまま「ノクティスが見た、世界の終末を描いた物語」でもイイんだろうけど。
 「ヨハネの黙示録」の影響であって、本来の「黙示録」は「終末論」「世界の終末」に限定されない・・・って事で。
 「黙示録」の終末論的イメージを「ヨハネの黙示録」から引っ張ってくるなら「ノクティスが夢で見た、世界の終末を描いた物語」という予言書的な意味が付いてきてしまう。
 でも、このイオスの世界は「バハムートの夢が「想い出・記憶」を設計図に、幻光虫を素材に具現化された世界」根本的に「夢=現実」なので。本来なら「じゃあ、全部夢オチだったって事?」って怒られそうですが、夢か現実かは大した問題じゃないのかな、と。どうせ近い未来にその夢は現実になる・・・そういう世界構造なので。

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【誰かが夢見た「青い光溢れる、美し過ぎる幻想」】
 そしてさっき保留にした「一旦待って頂いて」の件ですが。
 実はもう、このスタッフロールが流れるタイミングでは「今のイオスの世界は、終焉を迎えていた」のなら。
「じゃあ、スタッフロールの後の、
 世界の夜明けみたいなのは、何なの?」と。

 これに関しては、勿論【FF15】では「ノクティスが命を賭して救った、世界の夜明け(闇が晴れ、平和を取り戻した世界)」なんだろうけど。
 今回の《新約》では、オマケって言うか「頑張ったノクティスに対する、ご褒美」みたいな扱いです。だって「スタッフロールの時点で、物語としてもゲームとしても終わってる」って解釈なので。

 実はこの「スタッフロール(~END~表示)後の、オマケというシステム」に関しては、昔《旧約 61》に全然違う意図で書いていて。
 全然違う意図で書いてた&二年以上前の記事なので、読んでもらっても伝えたい事、伝わらないかもしれない。でも伝わる人には、何となくのニュアンスは伝わるかもしれない・・・位の気持ちでリンク貼っておくのですが。

 現状、スタッフロール最後の「SQUARE ENIX(ロゴ表示)」&『♪ APOCALYPSIS NOCTIS』フェイドアウト後の暗転から。
 その後に続く「夜明けの世界~」&「続きのBGMが始まる」までの繋ぎの暗転中時間って、10秒足らずだと思うんですが(各配信者さんが編集で切ってなければ)。
 もしこれが1分、2分、3分経っても真っ暗なまま・・・ってなったら、
「え?これで本当に終わりなの?」
 ・・・って思わないかな?だって、スタッフロールとか、回想シーン(?)が挟まってはいるけど。タイムラインとしては、ノクティスの「長かったなぁ」で終わってる・・・つまり「ノクティスが救った筈の世界が、どうなったのか全く描かれないまま終わった」って事になるので。

 そうなった時。
 一定数は「なんだコレ!?」って、そのまま終わらせてしまうかもしれないけど。
 でも一定数は「自分を犠牲にしてまで頑張ったんだから、世界に夜明けがもたらされたに違いない」と、当たり前に思っていたかもしれないし。
 更に一定数は「ノクティスが救った世界は、復興に向かって歩み始まるんだろう」「立派に成長した息子を、レギスに見せてあげたかった&ちゃんと息子を褒めてあげて欲しかった」「本人は居なくなっちゃったけど。正式にルシスの114代目の王として、後世に語り継いでいって欲しい」「せめて天国で、ルナフレーナと幸せになってほしい」と。
 具体的に「でも本当は、ノクティスにも幸せになってほしかった」と。
 自身の「想い出・記憶」を基に、ED後の未来の世界を「夢見た」かもしれない。

 だからこそ、皆が「世界に夜明けがもたらされたに違いない」「本当は、ノクティスにも幸せになってほしかった」と夢見た世界が、終わった筈の世界の後に。

 ーバグの力を、奇跡に変えてー

 ノクティスも、創り手達も想定していなかった「優しい夢の世界」が生まれ。
 そのおかげで、あのような物語の最後「青い光溢れる、美し過ぎる幻想」を、迎える事が出来た。

 だからノクティスは最後、画面の向こうに「ありがとう」と感謝を告げた。
 その夢の内容・・・というよりも、
「本当は、ノクティスにも幸せになってほしかった。」
 そう思ってくれる人がいた、その事自体に「ありがとう」と。

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