落書き帳の10ページ目
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FF15:レガリア(TYPE-F)で1000年の時を超える話《新約 70》
- 2026/02/08 (Sun) |
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《今回の御品書き (FF15・二次創作モドキです) 》
【ファンタジーとリアルは、共存出来るのか?】
【《新約 》=「運命に抗った」先の物語】
【「真実の探求者」としてのアーデン】
【「導き手」としてのアーデン】
《今回の御品書き (FF15・二次創作モドキです) 》
【ファンタジーとリアルは、共存出来るのか?】
【《新約 》=「運命に抗った」先の物語】
【「真実の探求者」としてのアーデン】
【「導き手」としてのアーデン】
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いざ「第二章・レイヴスが主人公の物語」を踏まえた上で「第一章」&「第三章」の補足・・・って段階になって、ふと気が付いたのが、
「《新約》のアーデンが、
過去の世界の記憶を維持してるのか、いないのか・・・って。
ちゃんと書いてたっけ?」
思い返してみても、書いて無かった気がするな・・・と、思ったので、この部分を固めておきたいのと。
この部分を固めるのに関わってくる「剣神バハムートの選択肢」に関しては、二年前《旧約 47》でも書いていたのですが・・・今とその時では解釈が違います。
が、元々《旧約》《新約》は「同じ【FF15】の二次創作だけど、別のシリーズ」みたいな位置関係にあるので、別に《旧約》《新約》の設定・解釈が違うのは構わない。
と言う事で、敢えて修正はしません。別モノとして脳内処理お願いします。
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【ファンタジーとリアルは、共存出来るのか?】
まず最初に結論から言えば「《新約》のアーデンは「第二章・レイヴスが主人公の物語」だけでなく、過去のイオスの世界の「想い出・記憶」全てを覚えている存在」です。
まぁ、そうでないと。本来なら忌み嫌われる「バグ」を「神に対抗出来る、唯一の力」として。ゲームのキャラでありながら、イオスの世界の神々(=創り手)に「真実は真実として、覚えておかなきゃダメだろう!?」って、真っ向から異を唱え抗う・・・なんて挙動、取れないだろうから。
で、この辺り「どうやったら、イメージ伝わるかな」って事で・・・試しに「作中の用語(ファンタジー)」⇒「ゲーム関連用語(リアル)」に変換してみようと思います。
当たり前の話、そのゲームの為に創られた、その世界を表現する為に創られた「作中の用語」のままだと「そういうモノ(ファンタジー)」って認識に落ち着いてしまうので。
一旦「ゲーム関連用語」という現実に置き換えた方が「自分自身の感覚・実体験(リアル)」と擦り合わせが出来て、分かり易いんじゃないかな・・・って。
なので、この辺りは【エピソード・アーデン】の最後の部分だけ・・・に対する「例え」です。でないと「物語」全部に対して適応しちゃうと、夢が無くなってしまうので。頭、切り替えてお願いします。
《「作中の用語(ファンタジー)」⇒「ゲーム関連用語(リアル)」》
*剣神バハムートと対峙していた空間=ゲームのデータを置いている場所(サーバー上とか?)。
*この時のアーデン=既に「FC時代の主人公=アーデン」のデータに侵されている「バグ(=寄生虫)」。
*剣神バハムート=イオスの世界の「神の代弁者」であって神では無い。
*神=実際に「ゲーム」という形に創り上げている「プログラマー」・・・の中でも「神」って言うくらいだから「メインプログラマー(プログラマーの総意・トップ)」レベル?
*神々=創造神「メインプログラマー」以外の、ゲーム制作に関わる偉い人(ザックリ)。
*真の王=イオスの世界の「主人公」。
*人=イオスの世界の「住人」、つまりリアルで言うなら「ゲームの中の人物(登場キャラ)」。
*運命=「ゲームの中の人物(登場キャラ)」は「プログラマーが組むプログラム(=命令)には逆らえない」と言う事。
と、例えた上で「剣神バハムートから突き付けられる選択肢」を、
『運命に従う』を、選んだら【FF15】に。
『運命に抗う』を、選んだら《新約》に、分岐するイメージ。
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【《新約》=「運命に抗った」先の物語】
まず【エピソード・アーデン】でのアーデンは、剣神バハムートとの一連の遣り取り「神が 何故 邪魔をする」&「オレは救世主ではなく 闇をもたらす者?」という台詞から。
アーデンが封印から解放され現世を見てみれば、自分が知っている「イオスの世界」とは違っていた。色々な過去の「想い出・記憶」が無かった事にされ、都合良く「改編・改竄」された今の世界・・・その原因が分からなかったアーデンは、世界から「真実」が失われ行く事を危惧し。
それらの「想い出・記憶」を忘れないで欲しい、思い出して欲しい。
イオスの世界の「真実」を守り継承しようと、自身の身に宿っていた「謎の力」を駆使して、変わってしまったイオスの世界に干渉し続けた。
つまり、この時点のアーデンは「イオスの世界から「真実」が失われ行くのは、神も承知している(寧ろ、神々の決断)」だとは知らなかったし。
アーデンはイオスの世界が「真実」を忘れないように、と・・・つまり彼は救世主「イオスの世界を救う為に動いている」つもりだったので。
それを何故、イオスの世界を守る筈の神が、邪魔をするのか分からなかった。
イオスの世界の創造主たる神が何故、自分の事を「闇をもたらす者」と断ずるのか分からなかった。
でも神から見れば、このアーデンは「過去の想い出・記憶」を取り込んだ・・・既に「バグ」っている状態、自分達の思うように動いてくれないイレギュラーな存在だった。
要はバグで紐付いた結果「FC時代の主人公=アーデン」の「想い出・記憶」を持ってしまったアーデンにしたら、このイオスの世界は「間違ったイオスの世界」としか思えず。
その原因が「世界が「真実」を忘れてしまったから」だと考えた結果。
身に宿っていた、神にとっても制御不能&想定外のバグの力を利用し。今のイオスの世界に「真実」を思い出させようと、神の許し無く好き勝手に動いている・・・という状況なので。
そりゃ、神にしたら有難迷惑・・・っていうのは可哀そうだけど、面倒な存在なのには違いない。
新しいイオスの世界を立ち上げるにあたり、神は色々と変更を加えてしまった。
だからバグにより「FC時代の主人公=アーデン」の「想い出・記憶」を持つに至ったアーデンにすれば、このイオスの世界は「間違っている」「真実を忘れてしまっている」と映っても、仕方が無いかもしれない。
でもそれは仕方が無い事だった・・・仕方が無いと納得して欲しい事でもあった。
だって時代が違うんだから、良くも悪くも時代に合わせていかなければならない。
確かに幾つのも過去を重ね、時が流れる中で「忘れてしまった&知らなかった結果の間違い」もあるかもしれないけど。
多くの「改編・改竄」は「今の時代が求める形」を追求した結果であって、どれほど原風景「過ぎ去りし過去」を大事に守りたくても、そのままという訳にはいかない。
現実は甘くない・・・変わらなければならない部分は、変わらなければならない。
それは他の誰でも無い、誰よりも一番悩み考えた末の、神々が下した苦渋の決断で。
でも、だからこそ。その「都合良く変えられてしまったアーデン」自身が、
「オカシイじゃないか?
何で、こんな事になっているんだ?!」
と・・・今の世界の在り方を選んだのが、他ならぬ「神々」だという事も知らずに、一人足掻いているのを放っておく事など出来なかった。
彼の主張は尤もで、世界の都合とはいえ、可哀想な事をしたと思うから。
けれど、その志がどれだけ高潔であろうと、その行いが献身であろうと、彼の行動を野放しにしておく事は出来ない。
だって、その力の根源は「バグ」・・・イオスの世界を破壊してしまう力でもあるのだから。
そうと気付かぬだけであって、全ては神に導かれている。それがこの世界の住人全てに課せられた「運命」で。
イオスの世界を維持する為には、アーデンにも従ってもらわなければならない。
だから神・・・剣神バハムートはアーデンに、こう迫った。
今のイオスの世界での、己の役割に従し、その使命を全うせよ・・・それが「運命」なのだ。
つまりゲームのキャラにとっての絶対的存在であるプログラマーが「ゲームのキャラは、プログラムに従う他無い=それが運命」で、自分達は「アーデンにも今のイオスの世界での役割に従し、その使命を全うして欲しい」「自分達の意図に反して、勝手に動いてもらっては困る(バグも撒き散らしちゃうし)」と思っている。
だとしたら「剣神バハムートの選択肢で、どちらを選ぶか?」で分かれる道は。
『運命に従う』・・・それは「神の命令に従い、今のイオスの世界での役割に従し、その使命を全うする」と言う事で。
それが結果、自身の望み「イオスの世界に「真実」を取り戻す事に繋がるのなら」と納得した上で、アーデンは「バグの修正を受け入れた」=神に抗う力を捨て、神の導きと庇護の下「新しいイオスの世界のアーデンとして、生まれ変わる道を選んだ」と言う事になるので(この時「バグっていた頃に持っていた想い出・記憶」を、設定として持たせてくれたかどうかは解釈次第)。
そのバグが修正された結果のアーデンは、当たり前に「登場キャラ」の一人・・・として「神が望む通りに、イオスの世界における、自身に与えられた役割を全うする」事になる。
んだったら「普通のゲーム制作の話(創り手がゲームのシナリオの為にキャラを創って、プログラマーが動かす)」なので・・・『運命に従う』を選んだ場合が、当たり前に本来のゲームシナリオ【FF15】に分岐するルートで。
『運命に抗う』・・・の場合は「バグの修正を受け入れない」と言う事。
どんな理由があろうとも「真実」は守り継承すべきで。それを諦めてしまうような神々に従う事は出来ない。
例えこの力の正体が自身の身をも滅ぼす力であっても、このイオスの世界を壊す力であったとしても、この力が唯一「神」に対抗出来る力だというのなら。自分の意志・信じる方法で、この忌み嫌われた力をも利用して、イオスの世界の「真実」を守り続ける。
それは「神の導きも、庇護も必要ない」=「バグった状態で、この物語でのアーデン(=自分に課せられた役割)を演じきってみせる」と言う事。
ってなると、それはどう考えても「普通のゲーム制作の話(創り手がゲームのシナリオの為にキャラを創って、プログラマーが動かす)」では無いので・・・『運命に抗う』を選んだ場合が、今回の二次創作《新約》に分岐するルート。こういうイメージ。
なので、どっちの選択肢を選んでも、物語でのアーデンの役割&挙動は変わらないんだけど。それが、
運命に従った結果(プログラムで動くゲームのキャラ)なのか?
運命に抗った結果(プログラムに従わないバグの産物)なのか?
で【FF15】or《新約》に、 分岐している・・・し。
そういう意味で言えば「【FF15】と《新約》は、最初から既に分岐済みのIFルート」なので。
ものすごく単純に「《新約》=在りもしないIFルート(パラレル二次創作)」と、軽く受け流して頂ければと思います。本当に【FF15】自体をクチャクチャにしたい訳では無いので・・・そこは伝わって欲しい。
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【「真実の探求者」としてのアーデン】
と・・・現実的な見方をすればする程「あれ?」って思う・・・かもしれないのが、
「いくら「真実」を守っても、
バグを撒き散らしてゲーム自体をダメにしたら意味無くない?」
ですが。これは単純に「バグのせいでゲームがダメになっても、最悪創り直す事は出来る」けど。
イオスの世界が「終焉と再生を繰り返す世界」・・・つまり、今までも何本かリメイクを出していて。更に今後も何十年と言う時間を股に掛け、何本も「リメイクを繰り返すゲーム」なら。
そういう、長く語り継がれ愛される「究極のファンタジー」を目指しているのなら。
「時代が変わり行く中、
変わらなければならない部分があるのは仕方が無い。
でもその「変えてしまった部分」を、
無かった事にした「真実」を、
創り手(=ゲームを創る人)すら忘れてしまったら。
「真実」に基づいたリメイク(再生)が、創れなくなるじゃないか?」
「それは当時の「想い出・記憶」を覚えてくれてるファンを、
裏切る事になるんじゃないのか?」
「その当時「好きだった」って言ってくれた、
その人にとっての「真実」を無かった事にしてしまったら。
その人ですら、過去の「想い出・記憶」を手放してしまったら。」
「誰がこのイオスの世界の「真実」を、語り継いでくれるのか?」
現実問題として、新しいファンを獲得しない事には企業はやっていけない。だから「今の時代」に受け入れられるモノを創らなきゃならないのは当然なんだけど。
過去の「真実」を御座なりにして、その場その場の都合で「追加・修正・変更」した結果「原作に対するリスペクトが感じられない」「原作無視の改悪」って、嘗てのファンにまで見放されてしまったら。
「もう、このイオスの世界が存在する価値なんて、
無くなってしまうじゃないか?」
現実と擦り合わせてイメージ化するなら、アーデンが「真実」に拘り続けた理由は、こんな感じかな・・・と。
だから最初期からアーデンを「真実の探求者」と位置付けてた通り。彼はイオスの世界に「真実」を思い出して欲しかっただけで、ゲームのラスボスに有りがちな「誤った道を辿って来た世界を終わりにして、最初から世界をやり直すor原初の世界に戻す」って動機で動いていた訳では無い。今のイオスの世界を終わりにして、彼にとって「真実」の世界・・・自分が主人公だった「FC版(オリジナル)」の頃に戻したかった訳では無いんです。それこそPS5時代に「FC版(オリジナル)」のベタ移植したトコで・・・って話。
この《新約》の世界は、幾つもの幾つもの・・・それこそ「実は99回リメイクを繰り返してきた時代」の、リメイクの積み重ねにより「真実」が失われ歪み傾き続けた結果の世界で。
本来は人間思い&仲の良い兄弟姉妹神だった六神が、人間に対して威圧的な神々とされ。
本来は人間達をラバティオ火山の噴火から守ろうとした炎神イフリートが、魔大戦を引き起こした「裏切り者」とされ。
本来「運命の王子」「神凪」両方の力を持っていたレイヴスが「選ばれなかった者」とされ。
本来の力を持たないノクティスとルナフレーナが「真の王」「神凪」として命を削り。
本来なら死ななくてもよい人間まで命を落とす事になり。
本来なら「ノクティスに対して盲目的だった(「恋は盲目」に近い意味)」だけなのに、本当の意味で「盲目」にされ。
本来なら「一般人(モブキャラ)だから、同じドット絵」だっただけなのに、ドット絵からそのまま3Dモデルに差し替えられた都合で「同じ3Dモデルだから」って理由でクローン扱いされ、と。
勿論、悪い方向へと改編したかった訳では無い。
でも無理矢理に辻褄を合わせ続けた結果、色々な意味で悪い方向へと解釈され傾き続け、世界はもはや転覆寸前。それこそ「ここで持ち直さなければ、本当の終焉を迎えてしまう」・・・つまり「リメイクを創る事も出来なくなるくらい」にまで追い詰められていた。
確かに「時代に合わせて変えていかなきゃならない事もある」のは仕方が無い。特に今言ってるのは「99回リメイクを繰り返してきた世界(結果、終了目前)」って規模の話なので。そりゃ、良くも悪くも色々な事を変更しなきゃ、ここまで続けて来れなかっただろ・・・って話。
でも「真実」は「真実」として継承するべきで、都合が悪くても「無かった事」にするべきでは無かった。
「本当は、こういう設定だった。」
「でもこういう事情があって、こう変更した。」
そうやって「真実」がきちんと継承されていれば、
「前作ではこうだったけど、元々はこういう設定だった。
じゃあ・・・前作だけを参考にするんじゃなく、
大元の設定も大事に活かした変更にしよう。」
過去という「真実」を知る事で、そう思う事が出来たなら。
都合が悪くなった「真実」そのままでなくても、出来るだけ「真実」に近い形で継承する事が出来たなら。
仮に「時代に合わせて変えた」としても・・・50年100年1000年経っても、何度「終焉と再生」を繰り返しても。
そのイオスの世界の「真実」は変わらない・・・どの時代の人にとっても「真実」と思える世界であり続ける事が出来た筈、だったんじゃないかな?
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最初のサブタイ通り「ファンタジーとリアルは、共存出来るのか?」って話で・・・随分と知ったかぶり&説教臭くなってしまいましたが。
途中に書いた通り、そのゲームの為に創られた、その世界を表現する為に創られた「作中の用語」のままだと「そういうモノ(ファンタジー)」って認識に落ち着いてしまうので。自分でも「誤解されそうでイヤだなぁ・・・」って思いながら、敢えてリアルで例えてみました。
なので、この「レガリア(TYPE-F)で~」の共通設定でもある、
このイオスの世界は、剣神バハムートの夢が、幻光虫によって具現化した世界で。
剣神バハムートの夢は、イオスの世界の人々の「想い出・記憶」の影響を受ける(=過去イオスの世界の「想い出・記憶」が、次のイオスの世界の設計図となる)・・・と言うファンタジーな表現も、リアルに例えてしまえば、
このイオスの世界は、プログラマーの頭の中にある世界が、0と1(二進法)によって構成された世界で(ゲームは「0と1(二進法・1bit)」の集まりで出来ている=イオスの世界は「幻光虫(世界を形作る、最も小さな素材)」の集まりで出来ている)。
プログラマーの頭の中にある世界は、ゲームに関わって来た人々の「想い出・記憶」の影響を受ける。
そしてその「ゲームに関わって来た人々」って言うのは、現行作だけでなく、過去のオリジナル&リメイク&スピンオフ全ての「ゲームに関わって来た人々」を指し。
その「ゲームに関わって来た人々」って言うのは、直接制作に関わる人達だけではなく、実際にプレイしてくれた人、色々な方面からの世の中の評価、更には二次創作界隈までと、本当に「ゲームに関わって来た人々」全てを指す。
今現在【FF15】のリメイクは出てないので、それこそ「例え」ですが・・・ファンタジーをリアルに置き換えれば、こういうイメージになります。
だから上記は「今回の二次創作設定を説明するのに、わかり易さを重視した結果」ではあるんだけど。
実際のゲームをプレイしてる時にまで、そんな事を考えてたら。ゲーム創ってる人にしたら「勝手にそんなリアルと関連付けてプレイされるのはイヤだろうな」とは思います。せっかくの「ファンタジー」なのに、夢が無くなっちゃうので。
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【「導き手」としてのアーデン】
この調子で終わるのも何なんで、ファンタジーな中身に話を戻します。
最初に書いたように「《新約》のアーデンは「第二章・レイヴスが主人公の物語」だけでなく、過去のイオスの世界の「想い出・記憶」全てを覚えている存在」です。
じゃあ「《新約》のアーデンは、今の世界(第一章&第三章)を、どのように見ていたのか?」ですが・・・これは「運命の王子・ノクティスに対する接し方」一番わかり易いかな。
アーデンが、コツコツせっせとノクティスの周囲の人間を傷付け、その怒りを買うような挙動を取っていたのは、
「いっその事、嫌われた方が良いのかな?
絶対に、俺を殺してくれるように・・・。」
と《新約 67》で書いた通り。
一つ前の世界では「子供は親の言いつけを守る」と思って、そのイオスの世界の「運命の王子・レイヴス」を「息子みたいに、大事に育てたつもりだった」のに。結局最後の最後・・・自分を越えたとまで思ったレイヴスは、何故か自分を殺してくれなかった(「何故か」なのが救いがない)。
だから幾つもの世界での記憶を持つアーデンは、次の方法として「世の中で殺してくれる可能性がある関係」・・・イオスの世界の為に自ら「嫌われる」という方法を選んだ。
とはいっても、この人は「炎神の魂を持つ、人では無い存在(=人でなし)」なので。自分が嫌われる事なんて何とも思って無いと思います。イオスの世界の為ではあるんだけど「イオスの世界の為なら」とか関係なく、そもそも「神故に、人の心が理解出来ない(思考・感情が、人とは根本的に違う)」みたいな。
なので第二章同様、今回の第一章&第三章でもアーデンは「導き手」に徹した。
でも胡散臭いし、敵側の人間だし、国は亡ぼすし、周囲の人間にも危害を加えるしで・・・その「導き方」は、決して優しいモノでは無かったけど。
その導きがあったからこそ、この世界の「運命の王子・ノクティス」は「真の王」となれた。
・・・のだとしたら。それは一つ前の世界「第二章・レイヴスが主人公の物語」が、あったからこそで。
過去のイオスの世界の「想い出・記憶」全てを覚えているアーデンは、常に二人の運命の王子「第二章・レイヴス(過去)」と「第一章&第三章・ノクティス(今)」を重ねて見ていた・・・と言う事。
なんて書くと「レイヴスorノクティスに対する感情的な何かを抱えていた」様に思えるかもしれませんが・・・そんな事はありません。接し方は違うけど、アーデンにとってはどっちも「イオスの世界を救う為に、自分が導かなきゃならない運命の王子」でしかないので。
「第二章のレイヴスは、レギスが死んだ後。直ぐに決着を付けに来た」のに、
「第一章のノクティスは、レギスが死んだ後。遊び惚けてフラフラと寄り道三昧」
=何、ふざけてんの?自分が置かれてる立場分かってる?
「第二章のレイヴスは、最後までルナフレーナを守った」のに、
「第一章のノクティスは、守るどころか隣りで伸びていた」
=自分の恋人も守れないって、それってどういう事?
単純に「第二章・レイヴス(過去)」と「第一章&第三章・ノクティス(今)」を重ねて見ていた=過去のレイヴスというお手本と比較する事で、今のノクティスの成長具合を判断&評価していた・・・に過ぎない。
何かアーデン本来の「全てを犠牲にしてもルシス王家を潰す」みたいな感情的な部分全部削ぎ取ってしまい申し訳ないんですが。
これは《新約 68》でも書いた通り。第二章のレイヴスは運命の王子として神凪として、色々な事を成し遂げ、アーデン自身もそれを認めてはいた。それでもアーデンとレイヴスでは「役割が違う=比較対象にならない」ので、その事を以って「自分を越えた」とは思えなかった。
つまりアーデンは「神故に、人の心が理解出来ない」ので、普通なら結果が出なくても評価される「凄く頑張ってるね」といった「目に見えない数字に出ない成長」を感じ取る事が出来ない。こういうのって人の尺度で測るモノだから、その「人の尺度」を持たないアーデンには分かりようがない。
だからこそ、そんなアーデンに「ノクティス=頼りない」と判断&評価させようと思ったら。
同じ「運命の王子」という役割を持ち、比較対象となる明確な「前例」を持つ「過去のレイヴス」が居たからこそ、アーデンはノクティスの事を「頼りない」と思えた。
・・・ってトコに落とさなきゃ「第二章」から「第一章&第三章」へのバトンが、上手く繋がらなくなっちゃうので。
とは言え、前にもどっかで似たような事を書いたけど「昔のRPGの主人公(の、お手本みたいな)レイヴス」と比較される「今のRPGの主人公(今時っ子)・ノクティス」が気の毒ではあるのは事実。
だって今時、何番煎じかも分からないような王道シナリオとか、ミニゲーム無し&寄り道無しの一本道シナリオで勝負するのは難しいだろうから。
でもノクティスが進む「王道」が「royal road」ではなく、正しく「王道」なら。
何時の時代の人にも響く「王道の物語(正統派ファンタジーRPG)」として、長く長く語り継がれる・・・そんな未来があったらイイのかな、って切に願います。
因みにアーデンがルナフレーナの事を「ノクティスの恋人」って言うのは、元々の世界では「ちゃんとこの二人は、普通に恋人同士だった」って「真実」を知ってるから、そう言葉に残す事で「真実」を残そうとしてる・・・みたいなニュアンス。
いざ「第二章・レイヴスが主人公の物語」を踏まえた上で「第一章」&「第三章」の補足・・・って段階になって、ふと気が付いたのが、
「《新約》のアーデンが、
過去の世界の記憶を維持してるのか、いないのか・・・って。
ちゃんと書いてたっけ?」
思い返してみても、書いて無かった気がするな・・・と、思ったので、この部分を固めておきたいのと。
この部分を固めるのに関わってくる「剣神バハムートの選択肢」に関しては、二年前《旧約 47》でも書いていたのですが・・・今とその時では解釈が違います。
が、元々《旧約》《新約》は「同じ【FF15】の二次創作だけど、別のシリーズ」みたいな位置関係にあるので、別に《旧約》《新約》の設定・解釈が違うのは構わない。
と言う事で、敢えて修正はしません。別モノとして脳内処理お願いします。
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【ファンタジーとリアルは、共存出来るのか?】
まず最初に結論から言えば「《新約》のアーデンは「第二章・レイヴスが主人公の物語」だけでなく、過去のイオスの世界の「想い出・記憶」全てを覚えている存在」です。
まぁ、そうでないと。本来なら忌み嫌われる「バグ」を「神に対抗出来る、唯一の力」として。ゲームのキャラでありながら、イオスの世界の神々(=創り手)に「真実は真実として、覚えておかなきゃダメだろう!?」って、真っ向から異を唱え抗う・・・なんて挙動、取れないだろうから。
で、この辺り「どうやったら、イメージ伝わるかな」って事で・・・試しに「作中の用語(ファンタジー)」⇒「ゲーム関連用語(リアル)」に変換してみようと思います。
当たり前の話、そのゲームの為に創られた、その世界を表現する為に創られた「作中の用語」のままだと「そういうモノ(ファンタジー)」って認識に落ち着いてしまうので。
一旦「ゲーム関連用語」という現実に置き換えた方が「自分自身の感覚・実体験(リアル)」と擦り合わせが出来て、分かり易いんじゃないかな・・・って。
なので、この辺りは【エピソード・アーデン】の最後の部分だけ・・・に対する「例え」です。でないと「物語」全部に対して適応しちゃうと、夢が無くなってしまうので。頭、切り替えてお願いします。
《「作中の用語(ファンタジー)」⇒「ゲーム関連用語(リアル)」》
*剣神バハムートと対峙していた空間=ゲームのデータを置いている場所(サーバー上とか?)。
*この時のアーデン=既に「FC時代の主人公=アーデン」のデータに侵されている「バグ(=寄生虫)」。
*剣神バハムート=イオスの世界の「神の代弁者」であって神では無い。
*神=実際に「ゲーム」という形に創り上げている「プログラマー」・・・の中でも「神」って言うくらいだから「メインプログラマー(プログラマーの総意・トップ)」レベル?
*神々=創造神「メインプログラマー」以外の、ゲーム制作に関わる偉い人(ザックリ)。
*真の王=イオスの世界の「主人公」。
*人=イオスの世界の「住人」、つまりリアルで言うなら「ゲームの中の人物(登場キャラ)」。
*運命=「ゲームの中の人物(登場キャラ)」は「プログラマーが組むプログラム(=命令)には逆らえない」と言う事。
と、例えた上で「剣神バハムートから突き付けられる選択肢」を、
『運命に従う』を、選んだら【FF15】に。
『運命に抗う』を、選んだら《新約》に、分岐するイメージ。
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【《新約》=「運命に抗った」先の物語】
まず【エピソード・アーデン】でのアーデンは、剣神バハムートとの一連の遣り取り「神が 何故 邪魔をする」&「オレは救世主ではなく 闇をもたらす者?」という台詞から。
アーデンが封印から解放され現世を見てみれば、自分が知っている「イオスの世界」とは違っていた。色々な過去の「想い出・記憶」が無かった事にされ、都合良く「改編・改竄」された今の世界・・・その原因が分からなかったアーデンは、世界から「真実」が失われ行く事を危惧し。
それらの「想い出・記憶」を忘れないで欲しい、思い出して欲しい。
イオスの世界の「真実」を守り継承しようと、自身の身に宿っていた「謎の力」を駆使して、変わってしまったイオスの世界に干渉し続けた。
つまり、この時点のアーデンは「イオスの世界から「真実」が失われ行くのは、神も承知している(寧ろ、神々の決断)」だとは知らなかったし。
アーデンはイオスの世界が「真実」を忘れないように、と・・・つまり彼は救世主「イオスの世界を救う為に動いている」つもりだったので。
それを何故、イオスの世界を守る筈の神が、邪魔をするのか分からなかった。
イオスの世界の創造主たる神が何故、自分の事を「闇をもたらす者」と断ずるのか分からなかった。
でも神から見れば、このアーデンは「過去の想い出・記憶」を取り込んだ・・・既に「バグ」っている状態、自分達の思うように動いてくれないイレギュラーな存在だった。
要はバグで紐付いた結果「FC時代の主人公=アーデン」の「想い出・記憶」を持ってしまったアーデンにしたら、このイオスの世界は「間違ったイオスの世界」としか思えず。
その原因が「世界が「真実」を忘れてしまったから」だと考えた結果。
身に宿っていた、神にとっても制御不能&想定外のバグの力を利用し。今のイオスの世界に「真実」を思い出させようと、神の許し無く好き勝手に動いている・・・という状況なので。
そりゃ、神にしたら有難迷惑・・・っていうのは可哀そうだけど、面倒な存在なのには違いない。
新しいイオスの世界を立ち上げるにあたり、神は色々と変更を加えてしまった。
だからバグにより「FC時代の主人公=アーデン」の「想い出・記憶」を持つに至ったアーデンにすれば、このイオスの世界は「間違っている」「真実を忘れてしまっている」と映っても、仕方が無いかもしれない。
でもそれは仕方が無い事だった・・・仕方が無いと納得して欲しい事でもあった。
だって時代が違うんだから、良くも悪くも時代に合わせていかなければならない。
確かに幾つのも過去を重ね、時が流れる中で「忘れてしまった&知らなかった結果の間違い」もあるかもしれないけど。
多くの「改編・改竄」は「今の時代が求める形」を追求した結果であって、どれほど原風景「過ぎ去りし過去」を大事に守りたくても、そのままという訳にはいかない。
現実は甘くない・・・変わらなければならない部分は、変わらなければならない。
それは他の誰でも無い、誰よりも一番悩み考えた末の、神々が下した苦渋の決断で。
でも、だからこそ。その「都合良く変えられてしまったアーデン」自身が、
「オカシイじゃないか?
何で、こんな事になっているんだ?!」
と・・・今の世界の在り方を選んだのが、他ならぬ「神々」だという事も知らずに、一人足掻いているのを放っておく事など出来なかった。
彼の主張は尤もで、世界の都合とはいえ、可哀想な事をしたと思うから。
けれど、その志がどれだけ高潔であろうと、その行いが献身であろうと、彼の行動を野放しにしておく事は出来ない。
だって、その力の根源は「バグ」・・・イオスの世界を破壊してしまう力でもあるのだから。
そうと気付かぬだけであって、全ては神に導かれている。それがこの世界の住人全てに課せられた「運命」で。
イオスの世界を維持する為には、アーデンにも従ってもらわなければならない。
だから神・・・剣神バハムートはアーデンに、こう迫った。
今のイオスの世界での、己の役割に従し、その使命を全うせよ・・・それが「運命」なのだ。
つまりゲームのキャラにとっての絶対的存在であるプログラマーが「ゲームのキャラは、プログラムに従う他無い=それが運命」で、自分達は「アーデンにも今のイオスの世界での役割に従し、その使命を全うして欲しい」「自分達の意図に反して、勝手に動いてもらっては困る(バグも撒き散らしちゃうし)」と思っている。
だとしたら「剣神バハムートの選択肢で、どちらを選ぶか?」で分かれる道は。
『運命に従う』・・・それは「神の命令に従い、今のイオスの世界での役割に従し、その使命を全うする」と言う事で。
それが結果、自身の望み「イオスの世界に「真実」を取り戻す事に繋がるのなら」と納得した上で、アーデンは「バグの修正を受け入れた」=神に抗う力を捨て、神の導きと庇護の下「新しいイオスの世界のアーデンとして、生まれ変わる道を選んだ」と言う事になるので(この時「バグっていた頃に持っていた想い出・記憶」を、設定として持たせてくれたかどうかは解釈次第)。
そのバグが修正された結果のアーデンは、当たり前に「登場キャラ」の一人・・・として「神が望む通りに、イオスの世界における、自身に与えられた役割を全うする」事になる。
んだったら「普通のゲーム制作の話(創り手がゲームのシナリオの為にキャラを創って、プログラマーが動かす)」なので・・・『運命に従う』を選んだ場合が、当たり前に本来のゲームシナリオ【FF15】に分岐するルートで。
『運命に抗う』・・・の場合は「バグの修正を受け入れない」と言う事。
どんな理由があろうとも「真実」は守り継承すべきで。それを諦めてしまうような神々に従う事は出来ない。
例えこの力の正体が自身の身をも滅ぼす力であっても、このイオスの世界を壊す力であったとしても、この力が唯一「神」に対抗出来る力だというのなら。自分の意志・信じる方法で、この忌み嫌われた力をも利用して、イオスの世界の「真実」を守り続ける。
それは「神の導きも、庇護も必要ない」=「バグった状態で、この物語でのアーデン(=自分に課せられた役割)を演じきってみせる」と言う事。
ってなると、それはどう考えても「普通のゲーム制作の話(創り手がゲームのシナリオの為にキャラを創って、プログラマーが動かす)」では無いので・・・『運命に抗う』を選んだ場合が、今回の二次創作《新約》に分岐するルート。こういうイメージ。
なので、どっちの選択肢を選んでも、物語でのアーデンの役割&挙動は変わらないんだけど。それが、
運命に従った結果(プログラムで動くゲームのキャラ)なのか?
運命に抗った結果(プログラムに従わないバグの産物)なのか?
で【FF15】or《新約》に、 分岐している・・・し。
そういう意味で言えば「【FF15】と《新約》は、最初から既に分岐済みのIFルート」なので。
ものすごく単純に「《新約》=在りもしないIFルート(パラレル二次創作)」と、軽く受け流して頂ければと思います。本当に【FF15】自体をクチャクチャにしたい訳では無いので・・・そこは伝わって欲しい。
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【「真実の探求者」としてのアーデン】
と・・・現実的な見方をすればする程「あれ?」って思う・・・かもしれないのが、
「いくら「真実」を守っても、
バグを撒き散らしてゲーム自体をダメにしたら意味無くない?」
ですが。これは単純に「バグのせいでゲームがダメになっても、最悪創り直す事は出来る」けど。
イオスの世界が「終焉と再生を繰り返す世界」・・・つまり、今までも何本かリメイクを出していて。更に今後も何十年と言う時間を股に掛け、何本も「リメイクを繰り返すゲーム」なら。
そういう、長く語り継がれ愛される「究極のファンタジー」を目指しているのなら。
「時代が変わり行く中、
変わらなければならない部分があるのは仕方が無い。
でもその「変えてしまった部分」を、
無かった事にした「真実」を、
創り手(=ゲームを創る人)すら忘れてしまったら。
「真実」に基づいたリメイク(再生)が、創れなくなるじゃないか?」
「それは当時の「想い出・記憶」を覚えてくれてるファンを、
裏切る事になるんじゃないのか?」
「その当時「好きだった」って言ってくれた、
その人にとっての「真実」を無かった事にしてしまったら。
その人ですら、過去の「想い出・記憶」を手放してしまったら。」
「誰がこのイオスの世界の「真実」を、語り継いでくれるのか?」
現実問題として、新しいファンを獲得しない事には企業はやっていけない。だから「今の時代」に受け入れられるモノを創らなきゃならないのは当然なんだけど。
過去の「真実」を御座なりにして、その場その場の都合で「追加・修正・変更」した結果「原作に対するリスペクトが感じられない」「原作無視の改悪」って、嘗てのファンにまで見放されてしまったら。
「もう、このイオスの世界が存在する価値なんて、
無くなってしまうじゃないか?」
現実と擦り合わせてイメージ化するなら、アーデンが「真実」に拘り続けた理由は、こんな感じかな・・・と。
だから最初期からアーデンを「真実の探求者」と位置付けてた通り。彼はイオスの世界に「真実」を思い出して欲しかっただけで、ゲームのラスボスに有りがちな「誤った道を辿って来た世界を終わりにして、最初から世界をやり直すor原初の世界に戻す」って動機で動いていた訳では無い。今のイオスの世界を終わりにして、彼にとって「真実」の世界・・・自分が主人公だった「FC版(オリジナル)」の頃に戻したかった訳では無いんです。それこそPS5時代に「FC版(オリジナル)」のベタ移植したトコで・・・って話。
この《新約》の世界は、幾つもの幾つもの・・・それこそ「実は99回リメイクを繰り返してきた時代」の、リメイクの積み重ねにより「真実」が失われ歪み傾き続けた結果の世界で。
本来は人間思い&仲の良い兄弟姉妹神だった六神が、人間に対して威圧的な神々とされ。
本来は人間達をラバティオ火山の噴火から守ろうとした炎神イフリートが、魔大戦を引き起こした「裏切り者」とされ。
本来「運命の王子」「神凪」両方の力を持っていたレイヴスが「選ばれなかった者」とされ。
本来の力を持たないノクティスとルナフレーナが「真の王」「神凪」として命を削り。
本来なら死ななくてもよい人間まで命を落とす事になり。
本来なら「ノクティスに対して盲目的だった(「恋は盲目」に近い意味)」だけなのに、本当の意味で「盲目」にされ。
本来なら「一般人(モブキャラ)だから、同じドット絵」だっただけなのに、ドット絵からそのまま3Dモデルに差し替えられた都合で「同じ3Dモデルだから」って理由でクローン扱いされ、と。
勿論、悪い方向へと改編したかった訳では無い。
でも無理矢理に辻褄を合わせ続けた結果、色々な意味で悪い方向へと解釈され傾き続け、世界はもはや転覆寸前。それこそ「ここで持ち直さなければ、本当の終焉を迎えてしまう」・・・つまり「リメイクを創る事も出来なくなるくらい」にまで追い詰められていた。
確かに「時代に合わせて変えていかなきゃならない事もある」のは仕方が無い。特に今言ってるのは「99回リメイクを繰り返してきた世界(結果、終了目前)」って規模の話なので。そりゃ、良くも悪くも色々な事を変更しなきゃ、ここまで続けて来れなかっただろ・・・って話。
でも「真実」は「真実」として継承するべきで、都合が悪くても「無かった事」にするべきでは無かった。
「本当は、こういう設定だった。」
「でもこういう事情があって、こう変更した。」
そうやって「真実」がきちんと継承されていれば、
「前作ではこうだったけど、元々はこういう設定だった。
じゃあ・・・前作だけを参考にするんじゃなく、
大元の設定も大事に活かした変更にしよう。」
過去という「真実」を知る事で、そう思う事が出来たなら。
都合が悪くなった「真実」そのままでなくても、出来るだけ「真実」に近い形で継承する事が出来たなら。
仮に「時代に合わせて変えた」としても・・・50年100年1000年経っても、何度「終焉と再生」を繰り返しても。
そのイオスの世界の「真実」は変わらない・・・どの時代の人にとっても「真実」と思える世界であり続ける事が出来た筈、だったんじゃないかな?
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最初のサブタイ通り「ファンタジーとリアルは、共存出来るのか?」って話で・・・随分と知ったかぶり&説教臭くなってしまいましたが。
途中に書いた通り、そのゲームの為に創られた、その世界を表現する為に創られた「作中の用語」のままだと「そういうモノ(ファンタジー)」って認識に落ち着いてしまうので。自分でも「誤解されそうでイヤだなぁ・・・」って思いながら、敢えてリアルで例えてみました。
なので、この「レガリア(TYPE-F)で~」の共通設定でもある、
このイオスの世界は、剣神バハムートの夢が、幻光虫によって具現化した世界で。
剣神バハムートの夢は、イオスの世界の人々の「想い出・記憶」の影響を受ける(=過去イオスの世界の「想い出・記憶」が、次のイオスの世界の設計図となる)・・・と言うファンタジーな表現も、リアルに例えてしまえば、
このイオスの世界は、プログラマーの頭の中にある世界が、0と1(二進法)によって構成された世界で(ゲームは「0と1(二進法・1bit)」の集まりで出来ている=イオスの世界は「幻光虫(世界を形作る、最も小さな素材)」の集まりで出来ている)。
プログラマーの頭の中にある世界は、ゲームに関わって来た人々の「想い出・記憶」の影響を受ける。
そしてその「ゲームに関わって来た人々」って言うのは、現行作だけでなく、過去のオリジナル&リメイク&スピンオフ全ての「ゲームに関わって来た人々」を指し。
その「ゲームに関わって来た人々」って言うのは、直接制作に関わる人達だけではなく、実際にプレイしてくれた人、色々な方面からの世の中の評価、更には二次創作界隈までと、本当に「ゲームに関わって来た人々」全てを指す。
今現在【FF15】のリメイクは出てないので、それこそ「例え」ですが・・・ファンタジーをリアルに置き換えれば、こういうイメージになります。
だから上記は「今回の二次創作設定を説明するのに、わかり易さを重視した結果」ではあるんだけど。
実際のゲームをプレイしてる時にまで、そんな事を考えてたら。ゲーム創ってる人にしたら「勝手にそんなリアルと関連付けてプレイされるのはイヤだろうな」とは思います。せっかくの「ファンタジー」なのに、夢が無くなっちゃうので。
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【「導き手」としてのアーデン】
この調子で終わるのも何なんで、ファンタジーな中身に話を戻します。
最初に書いたように「《新約》のアーデンは「第二章・レイヴスが主人公の物語」だけでなく、過去のイオスの世界の「想い出・記憶」全てを覚えている存在」です。
じゃあ「《新約》のアーデンは、今の世界(第一章&第三章)を、どのように見ていたのか?」ですが・・・これは「運命の王子・ノクティスに対する接し方」一番わかり易いかな。
アーデンが、コツコツせっせとノクティスの周囲の人間を傷付け、その怒りを買うような挙動を取っていたのは、
「いっその事、嫌われた方が良いのかな?
絶対に、俺を殺してくれるように・・・。」
と《新約 67》で書いた通り。
一つ前の世界では「子供は親の言いつけを守る」と思って、そのイオスの世界の「運命の王子・レイヴス」を「息子みたいに、大事に育てたつもりだった」のに。結局最後の最後・・・自分を越えたとまで思ったレイヴスは、何故か自分を殺してくれなかった(「何故か」なのが救いがない)。
だから幾つもの世界での記憶を持つアーデンは、次の方法として「世の中で殺してくれる可能性がある関係」・・・イオスの世界の為に自ら「嫌われる」という方法を選んだ。
とはいっても、この人は「炎神の魂を持つ、人では無い存在(=人でなし)」なので。自分が嫌われる事なんて何とも思って無いと思います。イオスの世界の為ではあるんだけど「イオスの世界の為なら」とか関係なく、そもそも「神故に、人の心が理解出来ない(思考・感情が、人とは根本的に違う)」みたいな。
なので第二章同様、今回の第一章&第三章でもアーデンは「導き手」に徹した。
でも胡散臭いし、敵側の人間だし、国は亡ぼすし、周囲の人間にも危害を加えるしで・・・その「導き方」は、決して優しいモノでは無かったけど。
その導きがあったからこそ、この世界の「運命の王子・ノクティス」は「真の王」となれた。
・・・のだとしたら。それは一つ前の世界「第二章・レイヴスが主人公の物語」が、あったからこそで。
過去のイオスの世界の「想い出・記憶」全てを覚えているアーデンは、常に二人の運命の王子「第二章・レイヴス(過去)」と「第一章&第三章・ノクティス(今)」を重ねて見ていた・・・と言う事。
なんて書くと「レイヴスorノクティスに対する感情的な何かを抱えていた」様に思えるかもしれませんが・・・そんな事はありません。接し方は違うけど、アーデンにとってはどっちも「イオスの世界を救う為に、自分が導かなきゃならない運命の王子」でしかないので。
「第二章のレイヴスは、レギスが死んだ後。直ぐに決着を付けに来た」のに、
「第一章のノクティスは、レギスが死んだ後。遊び惚けてフラフラと寄り道三昧」
=何、ふざけてんの?自分が置かれてる立場分かってる?
「第二章のレイヴスは、最後までルナフレーナを守った」のに、
「第一章のノクティスは、守るどころか隣りで伸びていた」
=自分の恋人も守れないって、それってどういう事?
単純に「第二章・レイヴス(過去)」と「第一章&第三章・ノクティス(今)」を重ねて見ていた=過去のレイヴスというお手本と比較する事で、今のノクティスの成長具合を判断&評価していた・・・に過ぎない。
何かアーデン本来の「全てを犠牲にしてもルシス王家を潰す」みたいな感情的な部分全部削ぎ取ってしまい申し訳ないんですが。
これは《新約 68》でも書いた通り。第二章のレイヴスは運命の王子として神凪として、色々な事を成し遂げ、アーデン自身もそれを認めてはいた。それでもアーデンとレイヴスでは「役割が違う=比較対象にならない」ので、その事を以って「自分を越えた」とは思えなかった。
つまりアーデンは「神故に、人の心が理解出来ない」ので、普通なら結果が出なくても評価される「凄く頑張ってるね」といった「目に見えない数字に出ない成長」を感じ取る事が出来ない。こういうのって人の尺度で測るモノだから、その「人の尺度」を持たないアーデンには分かりようがない。
だからこそ、そんなアーデンに「ノクティス=頼りない」と判断&評価させようと思ったら。
同じ「運命の王子」という役割を持ち、比較対象となる明確な「前例」を持つ「過去のレイヴス」が居たからこそ、アーデンはノクティスの事を「頼りない」と思えた。
・・・ってトコに落とさなきゃ「第二章」から「第一章&第三章」へのバトンが、上手く繋がらなくなっちゃうので。
とは言え、前にもどっかで似たような事を書いたけど「昔のRPGの主人公(の、お手本みたいな)レイヴス」と比較される「今のRPGの主人公(今時っ子)・ノクティス」が気の毒ではあるのは事実。
だって今時、何番煎じかも分からないような王道シナリオとか、ミニゲーム無し&寄り道無しの一本道シナリオで勝負するのは難しいだろうから。
でもノクティスが進む「王道」が「royal road」ではなく、正しく「王道」なら。
何時の時代の人にも響く「王道の物語(正統派ファンタジーRPG)」として、長く長く語り継がれる・・・そんな未来があったらイイのかな、って切に願います。
因みにアーデンがルナフレーナの事を「ノクティスの恋人」って言うのは、元々の世界では「ちゃんとこの二人は、普通に恋人同士だった」って「真実」を知ってるから、そう言葉に残す事で「真実」を残そうとしてる・・・みたいなニュアンス。
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